歯がボロボロで噛めない、見た目も気になる。いっそ全部抜いて総入れ歯にすれば楽になるのでは──そう思っていませんか。お気持ちはよくわかります。ただ、その前に知っておいていただきたいことがあります。市川市本八幡の歯科医師が、わかりやすくお話しします。
「いっそ全部抜いて、総入れ歯にしたい」
こう考えるようになるまでには、たいてい長い時間があります。
子育てや介護で自分のことは後回しにしてきた。気づいたら何本もの歯がぐらついていて、詰め物は取れたまま、前歯も変色している。歯医者に行けば何回も通うことになるし、そのたびに「これも治しましょう」と言われそうで足が向かない。それならいっそ、全部抜いてすっきりさせたい。
そう思われるのは、決しておかしなことではありません。多くの方が同じことをお考えになります。
けれども、歯科医師としてお伝えしなければならないことがあります。全部抜いてしまうと、そこから先は「後戻りできない道」に入ります。そして、期待しているほど楽にはなりません。
この記事では、なぜそう言えるのかを、遠回しにせずお話しします。そのうえで、1本でも歯を残すと何が変わるのか、そして本当に抜いたほうがよい歯とはどんな歯かを、公平にご説明します。
まず、歯磨きは楽になりません
「総入れ歯になれば歯磨きをしなくていい」というのは、残念ながら誤解です。
- ・入れ歯は毎食後に外して洗います。専用のブラシでこすり、夜は洗浄剤につけます
- ・歯ぐきも磨きます。入れ歯を外したあと、やわらかいブラシやガーゼで歯ぐきと上あごを清掃します。これを怠ると粘膜が炎症を起こします
- ・入れ歯にも汚れはつきます。とくに保険の入れ歯に使うプラスチックは、目に見えない細かい穴があいた素材で、においや細菌が入り込みます
- ・合わなくなったら調整に通います。あとでご説明しますが、入れ歯は必ず合わなくなります
つまり、手入れの種類は変わりますが、手間は減りません。むしろ「外して洗う」という工程が増えるぶん、面倒に感じる方もいらっしゃいます。
いちばんの理由は、あごの骨が減り続けることです
歯を抜くと、その場所の骨は役目を失います
歯を支えている骨を、歯槽骨といいます。この骨は、歯があってはじめて存在意義のある骨です。噛むたびに歯を通して力が伝わることで、骨は「まだ必要だ」と判断し、その形を保っています。
歯を抜くと、この力が伝わらなくなります。すると骨は少しずつ吸収されて、やせていきます。これは病気ではなく、体の自然な反応です。使われなくなった筋肉が細くなるのと同じことが、骨で起こります。
25年間、減り続けることが確かめられています
総入れ歯を使っている方のあごの骨を、25年にわたって追いかけた研究があります(Tallgren 1972)。
その結果、骨の吸収は途中で止まることなく、25年を通じて続いていました。減り方のペースは年々ゆるやかになりますが、ゼロにはなりません。そして下あごのほうが、上あごより大きく減っていきます。
これが、総入れ歯を選んだあとに起こることです。
骨が減ると、入れ歯は合わなくなります
総入れ歯は、歯ぐきの上に乗せて、吸盤のように吸いつかせて使います。土台である骨の形が変われば、その上に乗る入れ歯は必ず合わなくなります。
こうして起こるのが、次のような流れです。
- 1.入れ歯が浮く、外れる、当たって痛い
- 2.調整に通う。裏側に材料を足して合わせる
- 3.それでも合わなくなり、作り直す
- 4.骨がさらに減っているので、前より安定しにくい
- 5.1に戻る
何個作っても合わない、という状態の背景には、多くの場合これがあります。入れ歯の作り方が悪いのではなく、土台が変わり続けているのです。
そして厄介なことに、骨が減ってしまうと、あとからインプラントに切り替えることも難しくなります。インプラントは骨に埋めるものなので、埋める骨が足りなければできません。「総入れ歯にしてみて、だめならインプラント」という順番は、思っているほど自由に選べないのです。
歯を1本でも残すと、何が変わるのか
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。
① 骨の減り方がゆるやかになります
残した歯を支えにして入れ歯を作る方法があります。この方法と、すべて抜いて総入れ歯にした場合を5年間比べた研究では、歯を残して支えにしたほうが、あごの骨の減りが少なかったと報告されています(Crum & Rooney 1978)。
理由はさきほどの話の裏返しです。歯が1本でも残っていれば、そこには噛む力が伝わります。力が伝わる場所の骨は、形を保とうとします。1本の歯が、その周りの骨を守っているのです。
② 噛んだ感覚が残ります
歯の根と骨のあいだには、歯根膜という薄い膜があります。厚さは0.2mmほどですが、ここには感覚を受け取るセンサーがびっしり詰まっています。
このセンサーが、「いま噛んでいるものが硬いか、やわらかいか」「どのくらいの力で噛めばよいか」を脳に伝えています。ごはんに小さな石が混じっていたとき、飲み込む前に気づけるのは、このセンサーのおかげです。
総入れ歯には、この膜がありません。歯ぐきの上から、ぼんやりとした圧迫感として伝わるだけです。「噛んでいる」という実感が薄く、食事が味気なく感じられるのは、このためです。
歯を1本でも残せば、その歯を通して、この感覚が残ります。1本でも残っているのと、1本も残っていないのとでは、まったく違う体験になります。
③ 入れ歯が横にずれにくくなります
総入れ歯がいちばん苦手なのは、横方向の動きです。上からまっすぐ押す力には吸いつきで耐えられますが、横にずらす力には弱い。食事中に入れ歯が動いてしまうのは、たいていこれが原因です。
残した歯が入れ歯の中に入っていると、その歯が杭のように働いて、横揺れを抑えます。1本でも効果があり、2本、3本と増えるほど安定します。
④ 上下の位置を、体が覚えていてくれます
上下の歯が噛み合う位置は、長年の習慣で体が覚えています。歯がすべてなくなると、この手がかりが失われます。歯科医師は経験と検査からその位置を推定しますが、本人の歯が残っているほうが、正確に再現できます。
それが「レジリエンツテレスコープ」という設計です
当院では、残せる歯が1〜3本になった方に、その歯を残したまま総入れ歯に近い形の入れ歯を作る方法をご提案しています。ドイツで発展した設計で、レジリエンツテレスコープといいます。
どういう仕組みか
- 1.残った歯に、内側のかぶせ物をつけます。歯の頭を低くして、なめらかな形に整えます
- 2.その上から、入れ歯で丸ごと覆います。入れ歯の内側には、この歯とぴったり合う受け皿があります
- 3.外から見ると、総入れ歯とまったく同じに見えます。金属のバネは一切見えません
残した歯は、入れ歯の中にすっぽり隠れています。ですから歯がボロボロの状態が人から見えることはありません。見た目の悩みは解決したうえで、骨と感覚を守れる、というのがこの設計の考え方です。
将来その歯を失っても、作り直しになりません
「どうせその1本もいずれだめになるのでは」と思われるかもしれません。おっしゃるとおり、残した歯がいつまでもつかは保証できません。
ただ、この設計の利点はそうなったときに入れ歯を作り直さなくてよいことです。もともと総入れ歯に近い形なので、その歯を抜いて、入れ歯の内側に材料を足せば、そのまま総入れ歯として使い続けられます。
つまり、残せるあいだは残して骨を守り、失ったら自然に総入れ歯へ移行するという進み方ができます。いま全部抜いてしまうと、この道は選べません。
レジリエンツテレスコープの詳しい説明は、【歯が1本でも残っているなら、総入れ歯にする前に知ってほしい レジリエンツテレスコープとは何か】をご覧ください。
では、どんな歯なら抜いたほうがよいのか
ここまで「残しましょう」とお伝えしてきましたが、何がなんでも残すべきだというわけではありません。残すことが害になる歯もあります。
抜いたほうがよい歯
| 状態 | なぜ抜くのか |
|---|---|
| 歯周病が進み、骨がほとんど残っていない | 支えとして働けないうえ、周りの骨をさらに溶かしていきます |
| 根の先に大きな膿の袋がある | 腫れや痛みをくり返し、周囲の骨を失います |
| 根が割れている | 割れ目から細菌が入り続け、治すことができません |
| むし歯が歯ぐきの奥深くまで進んでいる | かぶせ物を支える部分が残っていません |
| 大きく傾いたり、飛び出したりしている | 入れ歯を作るスペースをふさぎ、設計が成り立たなくなります |
残せる見込みのある歯
- ・ぐらついていても、骨がある程度残っている歯。歯ぐきの治療で締まってくることがあります
- ・頭の部分が崩れていても、根がしっかりしている歯。頭を低く整えて、入れ歯の支えにできます
- ・神経を取ってある歯。根の治療をやり直せば使えることがあります
- ・犬歯(前から3番目)。根が長く、あごの角の位置にあるため、支えとして特に価値があります
⚑ 大切なのは、「噛めるかどうか」ではなく「支えとして使えるかどうか」で判断することです。いま噛めていない歯でも、入れ歯の支えとしては十分に働くことがあります。ご自身では「もうだめだ」と思っている歯が、実は残せることは少なくありません。
歯科医院で確かめていただきたいこと
- □ 抜く必要がある歯は、具体的にどれか
- □ その歯を抜く理由は何か
- □ 残せる可能性のある歯はあるか
- □ 残した場合、どんな入れ歯になるか
- □ 全部抜いた場合と、何がどう変わるか
- □ 治療中、歯がない期間はあるか
最後の項目を心配される方は多いのですが、歯がない期間をつくらずに進める方法があります。詳しくは【歯を抜いた日に入れ歯は入ります】をご覧ください。
すべて失った場合の選択肢
残念ながら1本も残せない場合もあります。そのときの選択肢は2つです。
| 総入れ歯 | インプラントで支える入れ歯 | |
|---|---|---|
| 手術 | 不要(抜歯は除く) | 必要 |
| 安定 | 吸いつきで支える。下あごは安定しにくい | 固定されるため安定しやすい |
| 手入れ | 外して洗えるので分かりやすい | 周囲の清掃が難しく、炎症のリスクがある |
| 介護を受けるとき | 介助者が外して洗える | 口の中の清掃に手間がかかる |
| 体の条件 | ほとんどの方が受けられる | 骨の量、糖尿病、お薬などで受けられないことがある |
| 保険 | 保険・自費どちらも可 | 自費のみ |
⚑ 将来、介護を受ける可能性まで考えておくことをお勧めします。取り外せる入れ歯は、ご自身で手入れができなくなったとき、介助する方が外して洗えます。口の中を清潔に保てるかどうかは、飲み込みそこねて起こる肺炎の予防にも関わります。
総入れ歯の種類については、【総入れ歯は主に7種類あります。】で詳しくご説明しています。
自由診療の費用の目安(すべて税込)
保険の総入れ歯・部分入れ歯は保険診療です。以下は自費をご検討になる場合の目安で、お口の状態によって変わります。正確な金額は診察と検査のうえでお見積りをお出しします。
相談・検査
| 項目 | 費用 | 内容 |
|---|---|---|
| 無料メール相談 | 無料 | 院長が直接メールでお答えします(診察・レントゲン撮影は行いません) |
| 来院相談 | 5,500円 | レントゲンでお口全体を確認し、治療法・おおよその費用・期間をご説明します |
| 精密検査・治療計画・お見積り | 33,000円 | 模型を咬合器に取り付けて噛み合わせを診査します。 |
入れ歯
| 種類 | 費用 | 目安 |
|---|---|---|
| レジリエンツテレスコープ | 1,650,000円〜2,970,000円 | 残っている歯が3本以下の場合が中心。状態によっては4本以上でも適応 |
| リーゲルテレスコープ | 2,190,000円〜3,670,000円 | レバーで開閉して固定する設計 |
| コーヌステレスコープ | 1,810,000円〜4,120,000円 | 残っている歯が4本以上の場合が目安 |
| 金属床義歯 | 880,000円〜1,320,000円 | 床の部分を薄い金属で作る部分入れ歯 |
| 総入れ歯 | 片あご 1,430,000円/上下 2,750,000円 | 咬合器を使い、口唇や舌の動きを写して作ります |
- ・テレスコープ義歯の費用は片あごあたりで、残っている歯の本数や状態、設計によって変わります
- ・上下両方にドイツ式入れ歯(部分入れ歯)をお作りする場合、合計金額から10%を割り引きます(総入れ歯・かぶせ物・ブリッジは対象外)
- ・むし歯・歯周病の治療や抜歯が必要な場合は、別途保険診療の費用がかかります
- ・完成後の調整は3回まで費用に含まれます。4回目以降の調整と、噛み合わせが安定したあとの定期メインテナンスは別途費用がかかります
- ・インプラント治療も自由診療です。骨の状態や必要な処置によって費用が大きく変わるため、診察と検査のうえでご案内します
- ・自由診療の費用は、医療費控除の対象になります
※2026年9月時点の費用です。改定する場合があります。
治療期間の目安
- ・保険の総入れ歯 … おおむね1〜2か月
- ・自費の総入れ歯・ドイツ式入れ歯 … 当院で公開している症例では、およそ4か月〜1年3か月。むし歯・歯周病の治療、抜歯後の治りを待つ期間を含みます
- ・抜歯後、歯ぐきと骨の形が落ち着くまでに半年から1年かかります。そのあいだは仮の入れ歯で過ごしていただき、内側のクッション材を交換しながら合わせていきます
知っておいていただきたいリスク
- ・抜いた歯は戻りません。これがこの記事でお伝えしたい最大の点です。残せる歯を抜く判断は、取り消せません
- ・入れ歯は慣れるまで時間がかかります。一般に2〜3週間、場合によっては1か月ほど、違和感や話しにくさが続きます。義足や義手と同じで、リハビリの期間が必要です
- ・総入れ歯では噛む力が下がります。ご自分の歯と同じようには噛めません。硬いものが食べにくくなることがあります
- ・残した歯も、いつまでもつかは保証できません。むし歯や歯周病になれば抜くことになります。定期的な清掃と検診が必要です
- ・骨の吸収は避けられません。歯を残すと遅くなりますが、止まるわけではありません。年月とともに調整や作り直しが必要になります
- ・保険の入れ歯…材料に制限があり、床が厚く違和感が出やすく、においや汚れがつきやすい面があります
- ・自由診療全般…保険が使えず、費用は全額ご負担になります。ごく一部の金属で金属アレルギーが生じることがあります
よくあるご質問
Q. 歯が1本だけ残っています。この1本のために治療するのは無駄では
むしろ、その1本にこそ価値があります。骨を守り、噛んだ感覚を残し、入れ歯の横揺れを抑える。1本と0本のあいだには、はっきりした差があります。「たった1本」ではなく「まだ1本ある」とお考えください。
Q. ぐらぐらの歯を残しても、痛いのでは
残すかどうかは、ぐらつきの程度と、歯を支える骨がどれだけ残っているかで判断します。歯ぐきの治療で締まってくる歯もあります。診察とレントゲンで確かめれば、残せるかどうかはその場で判断できます。痛みが出るほど支えを失っている歯は、抜いたほうがよい歯です。
Q. 何年も歯医者に行っていません。怒られませんか
怒ることはありません。長く行けなかった事情がある方がほとんどです。私たちが知りたいのは過去ではなく、いまの状態と、これからどうしたいかです。まずは見せていただくところから始めましょう。
Q. 治療のあいだ、歯がない状態で人に会うのが不安です
当院では、抜歯の前に仮の入れ歯を作る準備を始めます。できあがったら、抜いた当日にそのまま装着していただきます。歯がない期間をつくらずに進める方法があります。
Q. 費用が高くて、とても無理です
費用のご心配も含めて、まずはご相談ください。その日に治療を決める必要はありません。お支払いは一括のほか、3回に分けてお支払いいただくこともできます。自由診療の費用は医療費控除の対象になります。無料のメール相談もご利用いただけます。
Q. もう歳だから、いまさら治療しても
噛めるかどうかは、これから先の食事と、外出と、人と会うことに関わります。骨は歯を失ったところから減り続けますから、始めるのが早いほど選択肢は多く残ります。いまが、これから先でいちばん早い時点です。
まとめ
- 1.総入れ歯にしても、手入れは楽になりません。種類が変わるだけです
- 2.歯を抜くと、その場所のあごの骨は減り続けます。25年たっても止まらないことが確かめられています
- 3.骨が減ると入れ歯は合わなくなり、あとからインプラントに切り替えることも難しくなります
- 4.歯を1本でも残せば、骨の減りがゆるやかになり、噛んだ感覚が残り、入れ歯が安定します
- 5.残した歯を将来失っても、そのまま総入れ歯として使い続けられる設計があります
- 6.ただし残すことが害になる歯もあります。抜くか残すかは、診察とレントゲンで1本ずつ判断します
「全部抜いてしまいたい」というお気持ちの奥には、たいてい「歯のことで悩むのを終わりにしたい」という願いがあります。その願いは、もっともだと思います。
ただ、その終わり方には何通りかあります。全部抜くことだけが、悩みを終わらせる方法ではありません。どの道を選ぶにしても、いまのお口に何が残っていて、何が残せるのかを知ってからにしていただきたいのです。
ご相談の流れ
- 1.ホームページの予約フォーム、またはお電話でご予約ください
- 2.レントゲンでお口全体を確認します(来院相談 5,500円)
- 3.抜く必要がある歯、残せる歯を1本ずつご説明します
- 4.考えられる治療と、それぞれの費用・期間・困る点をお伝えします
- 5.お持ち帰りいただき、ご家族とご相談のうえでお決めください
その日に治療を始めることはありません。まずはメールでという方のために、院長が直接お答えする無料メール相談もご用意しています。どうぞお気軽にご相談ください。
参考文献
- ・Tallgren A. The continuing reduction of the residual alveolar ridges in complete denture wearers: a mixed-longitudinal study covering 25 years. J Prosthet Dent. 1972;27(2):120-132.
- ・Crum RJ, Rooney GE Jr. Alveolar bone loss in overdentures: a 5-year study. J Prosthet Dent. 1978;40(6):610-613.
※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の治療効果を保証するものではありません。治療の適応や結果には個人差があります。実際の診断・治療方針は、必ず歯科医師の診察を受けたうえでお決めください。
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