歯を抜いた後、歯がないまま過ごす期間はつくりません。当院では抜歯の前に入れ歯の準備を始め、抜いた当日に仮の入れ歯をお入れします。抜歯後の歯ぐきは半年ほどかけて変化するため、内面のクッション材を交換しながら本番の入れ歯へ進みます。
「抜いたら、しばらく歯がないんですか?」最初に聞かれるご質問
「この歯はもう保存できません。抜いて入れ歯にしましょう」
そう言われた瞬間、治療の内容より先に頭に浮かぶのは、たいてい別のことです。
抜いた後、鏡を見るのが怖い。人に会えない。娘の結婚式が来月にある。介護に行かないといけないのに、休んでいられない。パートは休めない。孫と出かける約束をしてしまった——。
ご相談にみえる方の多くは、50代・60代を過ぎてから来られます。ご家族の介護やお子さんのことに時間を使い、ご自分の歯は「痛いところだけ、その場しのぎで」と後回しにしてきた。気づいたら何本もの歯が支えを失っていた。そういう経過をたどってこられた方が、本当に多いのです。
やわらかいものしか食べられず、旅行や会食の話が出ると気が重い。写真では口を閉じて笑う。そんな毎日のうえに「抜歯」という言葉が乗ってくれば、不安になるのは当然のことだと思います。
まず、その一点にお答えします。
結論:抜いたその日に、入れ歯は入ります
歯を抜いてから入れ歯を作り始めるのではありません。抜く前に型取りをして入れ歯を用意しておき、抜歯と同じ日に、その場でお入れする——これが「即時義歯(そくじぎし)」と呼ばれる方法です。
歯科医院で行う手順は、おおまかにこうなります。
1,抜歯が必要な歯がまだ残っている状態で、お口全体の型取りとかみ合わせの記録をとる
2,歯科技工士がその模型上で、抜く予定の歯を削り落とし、そこに人工の歯を並べた入れ歯を製作する
3,出来上がった日に抜歯を行い、傷口が塞がるより先に、その入れ歯を装着する
歯の状態によっては、歯を根こそぎ抜かずに、歯の頭の部分だけをカットして歯の根を残す方法をとることもあります。残した根の上に入れ歯をかぶせる形です(この方法の意味は後ほど詳しくご説明します)。
この段階の入れ歯は、傷が治るまでのあいだ使っていただく一時的な入れ歯です。当院では、ドイツ式入れ歯(テレスコープ義歯)や総入れ歯といった自費診療の治療計画の中で、この流れをとっています。
なぜ「抜いてから」ではなく「抜く前」に作るのか
順番を逆にすることには、見た目以外にもいくつかの理由があります。
1. 傷口を守るはたらきがある
抜歯した穴は、血のかたまり(血餅)で満たされ、それが土台になって治っていきます。この血のかたまりが早い段階で取れてしまうと、治りが遅れたり強く痛んだりすることがあります。抜歯当日から入れ歯が傷口を覆うことで、包帯のように患部を保護し、食べものが入り込むのを防ぎます。
2. 「今のかみ合わせ」の情報が残っているうちに記録できる
これが、実はいちばん大きな理由です。
歯には、上下の顎の距離、唇や頬の支え、しゃべるときの舌の通り道といった情報が詰まっています。すべて抜いてしまってからでは、その情報は失われ、「もともとどうだったか」を推測で決めることになります。抜く前に記録をとっておけば、これまでのご自分の顔つきと発音を手がかりにして入れ歯を設計できます。
3. 生活が途切れない
食べる・話す・笑うという毎日の動作を止めずに済みます。歯がない期間が数か月あると、その間に人と会うことを避け、やわらかいものだけで済ませる習慣がついてしまいがちです。
抜いた後、歯ぐきと骨はどう変わっていくのか
ここが、患者さんに最も知っておいていただきたいところです。
抜歯後の歯ぐきと顎の骨は、そのままの形では留まりません。
歯ぐきの表面は、おおむね2〜4週間ほどで閉じてきます。しかしその下の骨は、もっと長い時間をかけて作り替えられていきます。歯を支えるためにあった骨は、支える相手がいなくなると徐々にやせていく——これは病気ではなく、体の自然な反応です。
研究では、抜歯後の顎の骨は幅も高さも減少し、その変化の多くが最初の3か月に集中して起こること、その後1年ほどかけてゆるやかに落ち着いていくことが報告されています(記事末の参考文献をご覧ください)。
つまり、抜いた直後の形に合わせて精密な入れ歯を作ってしまうと、数か月後には土台のほうが変わってしまい、合わなくなります。だからこそ、この時期の入れ歯は「仮のもの」なのです。
クッション材(組織調整材)で、変化についていく
そこで、仮の入れ歯の内側にやわらかいクッション材を敷きます。歯科では「ティッシュコンディショナー(組織調整材)」と呼ばれる材料です。
やわらかい材料が粘膜への当たりをやわらげ、変化していく歯ぐきの形に追従してくれます。ただしこの材料は、時間とともに弾力を失って硬くなり、表面が汚れや細菌を抱え込みやすくなります。入れっぱなしにしてよいものではなく、定期的な交換が必要です。
抜歯後、しばらく通院していただくのはこのためです。傷の治り具合を確認しながら、クッション材を新しくし、当たって痛むところを調整していきます。歯ぐきが落ち着くまでの期間は抜いた歯の状態によって幅がありますが、おおよそ半年から1年とお考えください。
歯ぐきが安定したところで、あらためて精密な型取りを行い、本番の入れ歯を製作します。
歯を「残す」という選択肢——抜かずに済むなら、骨は守れる
先ほど触れた「歯の頭だけをカットして根を残す」方法には、はっきりした狙いがあります。
歯の根が骨の中に残っていると、噛む力が根を通して骨に伝わり続けます。刺激が伝わっている骨は、やせにくい。歯の根を残してその上に入れ歯をかぶせた場合と、すべて抜いて総入れ歯にした場合とを数年間追った研究では、根を残したほうが顎の骨の減り方が小さかったと報告されています。
当院がドイツ式入れ歯(テレスコープ義歯)という設計を扱っているのも、根本の考え方は同じです。残っている歯にバネをかけて引っぱるのではなく、残っている歯を「支柱」として使い、噛む力を支柱と歯ぐきに分散させる設計です。
ただし、これはどなたにでも当てはまる話ではありません。歯周病が進行している歯や、根の先に大きな病巣がある歯を無理に残せば、かえって周囲の骨を失うことになります。残すか抜くかは、レントゲンと歯ぐきの検査、かみ合わせの診査をしたうえで、1本ずつ判断すべきものです。当院でも、適応は慎重に見きわめています。
「他院ですべて抜いて総入れ歯と言われたが、本当に全部抜くしかないのか」——そうお考えの方は、抜いてしまう前の段階でご相談ください。抜いた歯は戻せませんが、判断の材料を増やすことはできます。
入れ歯は「義足・義手」と同じ。慣れるには時間がかかります
入れ歯は、専門用語では「義歯」と書きます。「義足」「義手」と同じ字です。
義足を装着したその日から、以前と同じように走れる方はいません。装具に体を合わせ、体に装具を合わせ、リハビリを重ねて、少しずつ自分のものにしていきます。入れ歯もまったく同じです。
初めて入れ歯を入れた方が最初に感じるのは、たいてい次のようなことです。
・口の中に大きな異物があるような違和感
・唾液が増える
・サ行・タ行が言いにくい
・硬いものが噛みきれない
・ふとした瞬間に外れそうになる
これらの多くは、舌・頬・唇の使い方を脳が覚え直すまでの、いわば練習期間の症状です。多くの方で数週間のうちにやわらいでいきますが、個人差が大きく、初めて入れ歯を使う方の場合、生活の中で意識せずに使えるようになるまで1か月前後、長い方ではもう少しかかることもあります。
慣れていくためのコツは、地味ですが確実なものばかりです。
・食事はやわらかいものから、少量ずつ、両側で噛む。前歯で噛みちぎるのは最後の段階です
・声に出して読む練習をする。新聞を音読すると発音は早く戻ります
・痛いところをご自分で削らない。かたちを変えてしまうと、原因の特定ができなくなります
・違和感だけで外しっぱなしにしない。使わない期間が空くと、慣れがふりだしに戻ります
・当たって痛むところは、我慢せず調整に来る。調整は失敗ではなく、予定された工程です
治療の流れと期間の目安
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
| ①ご相談 | お困りごとと希望をうかがい、選択肢をご説明 | 1回 |
| ②診査・診断 | レントゲン、口腔内写真、模型、かみ合わせの診査 | 1〜2回 |
| ③仮の入れ歯の製作 | 型取り・かみ合わせの記録・人工歯の選択 | 2〜4週間程度 |
| ④ 抜歯と装着 | 抜歯(または歯の頭のカット)と同日に装着 | 1日 |
| ⑤治癒期間 | クッション材の交換と調整をくり返す | 半年〜1年 |
| ⑥本番の入れ歯 | 精密な型取り・かみ合わせ記録・製作 | 1〜2か月 |
| ⑦完成後 | 調整(3回まで治療費に含まれます)、その後は定期メインテナンス | 継続 |
※期間は残っている歯の本数、歯周病の程度、抜歯の本数によって変わります。むし歯や歯周病の治療が先に必要な場合は、その分が加わります。
入れ歯の主な種類
抜歯にあわせて用意する入れ歯にも、いくつかの選択肢があります。それぞれに向き・不向きがあります。
| 種類 | 特徴 | ご留意いただく点 | 費用 |
| 保険の入れ歯 | 費用負担が小さく、比較的短期間で作れる。抜歯にあわせた入れ歯も製作できる | 使える材料・設計に制度上の範囲がある。床が厚めで、部分入れ歯には金属のバネを使う | 保険適用 |
| ノンクラスプデンチャー | 金属のバネが見えにくい | 材質上、修理や修正に制約がある。残った歯への力のかかり方に注意が必要 | 自費治療 |
| 金属床義歯 | 床を薄くでき、違和感が少ない。 | 部分入れ歯ではバネを使う設計になる | 自費治療 |
| ドイツ式テレスコープ義歯 | 残った歯を支えとして使う設計。バネを使わない | 支えにする歯の状態によって適応が決まる。支えの歯にもむし歯・歯周病の管理が必要 | 自費治療 |
費用について
当院のドイツ式入れ歯・総入れ歯は自由診療(保険適用外)です。料金は次のとおりです(すべて税込)。
・総入れ歯:
上下 ¥2,750,000(定額)/片顎のみ ¥1,430,000
・ドイツ式入れ歯(部分入れ歯):
レジリエンツテレスコープ ¥1,650,000〜2,970,000
リーゲルテレスコープ ¥2,190,000〜3,670,000
コーヌステレスコープ ¥1,810,000〜4,120,000(いずれも片顎の価格)
※仮の入れ歯は治療費に含まれます
・上下両方にドイツ式入れ歯を製作する場合は合計金額から10%割引(総入れ歯・クラウン・ブリッジは対象外)
ご相談は2つからお選びいただけます。
1.無料メール相談:¥0(診察・レントゲン撮影は行いません)
2.来院相談:¥5,500(パノラマレントゲンと概算の治療計画のご説明)
費用に関するご注意
・むし歯・歯周病の治療や抜歯が必要な場合は、別途保険診療の費用がかかります
・完成後の調整は3回まで費用に含まれます。4回目以降の調整、かみ合わせが安定した後の定期メインテナンスは別途費用がかかります
・お支払いは現金一括のほか、3回分割(治療開始時・本番の型取り時・完成時)、クレジットカードに対応しています
・自由診療には健康保険は使えませんが、医療費控除の対象となります
こんなサインがあれば、抜歯を決める前にご相談ください
・指で触るとグラグラ動く歯がある
・噛むと特定の歯だけが痛い、浮いた感じがする
・歯ぐきから膿が出る、腫れをくり返している
・ブリッジや被せ物が外れ、土台の歯が折れていると言われた
・今使っている部分入れ歯のバネがかかる歯が、最近ぐらついてきた
・他院で「全部抜いて総入れ歯」と説明されたが、納得できていない
・骨粗しょう症のお薬(骨吸収抑制薬)を服用している
最後の項目は特に大切です。骨粗しょう症などで骨吸収抑制薬を使用されている場合、抜歯の進め方に配慮が必要になることがあります。服用中のお薬は、お薬手帳をお持ちいただくか、事前にお知らせください。必要に応じて、かかりつけの医科と連携して進めます。
よくあるご質問
Q. 抜いた当日から食事はできますか?
麻酔が切れてからになります。当日から数日は、やわらかいものをお召し上がりください。傷の状態によっては、翌日の消毒までは無理をしないようお願いすることもあります。
Q. 仮の入れ歯のまま、旅行や会食に行けますか?
仮の入れ歯は、見た目と会話・食事のために入れるものです。日常生活を送っていただくことを想定しています。ただし、慣れる前の時期に大切なご予定がある場合は、あらかじめお伝えください。予定から逆算して装着日を調整できることがあります。
Q. 通院はどのくらいの頻度になりますか?
抜歯直後は間隔を詰めて確認し、落ち着いてくればクッション材の交換と調整のため、間隔をあけて通っていただきます。傷の治り方によって変わるため、その都度ご相談しながら決めます。
リスク・副作用について
・抜歯後には痛み・腫れ・出血が生じることがあります。まれに治癒が遅れることがあります
・抜歯後は顎の骨が変化するため、仮の入れ歯は調整・クッション材の交換が必要です。この変化を完全に防ぐことはできません
・装着当初は違和感、発音のしにくさ、唾液の増加、粘膜の痛みが起こり得ます。慣れるまでの期間には個人差があります
・入れ歯を清潔に保てない場合、残っている歯のむし歯・歯周病、粘膜の炎症(義歯性口内炎)の原因になります。毎日の清掃と定期的な受診が必要です
・残っている歯を支えとする設計では、その歯の状態が変われば入れ歯の設計変更や修理が必要になる場合があります
・全身疾患や服用中のお薬によっては、抜歯の方法や時期を調整する必要があります
ご相談の入口
歯を抜くという判断は、一度きりで、やり直しがききません。だからこそ、抜く前に「その後どうなるのか」を知っておいていただきたいと考えています。
抜いた後、どう見えるのか。いつから食べられるのか。どのくらい通うのか。いくらかかるのか。その全体像をご覧いただいたうえで、進めるかどうかをお決めください。
・無料メール相談:まずは文章で聞いてみたい方へ。院長が直接お答えします
・初診WEB予約(入れ歯相談):ホームページのご予約フォームから
・お電話:診療時間内にお問い合わせください
介護やお仕事の合間で、通院の時間がとれるか不安な方も、その事情を含めてご相談ください。ご事情に合わせて進め方を組み立てます。
※本記事でご紹介したドイツ式入れ歯(テレスコープ義歯)・総入れ歯は自由診療(保険適用外)です。費用・治療期間・リスクについては本文に記載のとおりです。治療内容・適応・期間はお口の状態によって異なりますので、詳細は診察のうえご説明いたします。本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。
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